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1988年3月号「今こそ真の力の価値を」

熱いマグマをたぎらせて内なる力を秘めた桜島の下に散在する家を鹿児島で目にし、急斜面に折り重なるように、まるでいたわるように建っている家並みを長崎で目にしました。

大宇宙のほんの小さな地球の、同じ国内のそのまた同じ九州内でも風土や環境による生活の場の違いとそれに順応する人力に、まるで若い頃の様な感動を覚えます。けれどもその人力でも及ばない部分、それ故の別な不安をもたらせている分野もあることを見逃すことが出来ません。

人間の意識がみえないパワーの心の伝わる、それはこの力の今までの実証からみても、何かの大きな存在を示しています。

長崎講演会の後の友の会の集いでは、友の会員の一人から末期癌に侵された頑固な病院の先生が、「最後の超念力」だけは心ひかれ、それを当てた所だけは痛みが止まるというので、それを繰り返し、シールを貼っているうちに全く癌の兆候が消えたという発表をしてくれました。その時居合わせた人達の感動の拍手を私はいまだ忘れることが出来ません。医者だからこそ、そして頑固者だからこそ見せてくれたこの力は、簡単に授かるものであっても、決して安易なものではないのです。

東京の中心地のある脳外科医の先生も是非このパワーをと、私の許にみえました。治る見込みのない脳腫瘍の患者がこのパワーで治ったのを見たからだ、とのことでした。それを見せてくれたのも一つの流れであるに違いありません。

人間が生きていく歳月にはいろいろな出来事があります。ということは明日は我が身の可能性もあるわけです。どれほどの知識人、いかほどの頑固者であっても、その時はこの力の強さ、大きさを必ずわかってくれるはずであります。

この前のあるテレビ局の取材の方から「先生、こちらの商品はずいぶん安いですね」と言われました。霊感商法が取り沙汰される中で、私の力は驚異的だと言ってくれる人もいました。なぜなら誰にでも授かり、誰にでも分けられ、、しかも強制することもないこの力は、体験した人にこそ真の価値がわかるからであります。

例えどんな薬を飲んでも、テープを聞いていれば副作用の心配もなく、例えどんな病気であっても再発していない例を数多く見聞きしている私には、真の価値が何であるかを一番良く知っているのです。

そしてその価値を数多い皆さんもわかってくれていることは何と心強いものでありましょうか。人間は神の子である信じています。であれば平等に幸せの権利があるということに間違いはないはずです。迷わず私と共に真の力を応用して下さい。


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